ボルドー・プリムール 2019ヴィンテージ 価格は昨年よりも低い傾向
3月30日から4月2日までボルドーで予定されていた2019ヴィンテージのプリムール・テイスティングが、コロナウィルスの感染拡大で中止となった。その後のプリムール販売がどのように進むのか懸念されていたが、6月初め、例年と変わらず、シャトーは価格の提示を始めた。現在の経済状況を鑑み、提示された価格は昨年より低くなる傾向が見られる。ボルドーの価格高騰による顧客離れを引きもどす契機になるのか?
第5級のシャトー・ポンテ・カネは、2018ヴィンテージより31%安い58ユーロ/本(フルボトル1本当たりの価格)を提示し、5月28日の9:00からネゴシアンに販売を開始し、3時間で完売したという*1)。
第一級のシャトー・ラフィット・ロートシルトは、2018ヴィンテージの価格に対して16%減の396ユーロ/本、サン・テミリオンのプルミエ・グラン・クリュ・クラッセ(A)のシャトー・シュヴァル・ブランは30%減の370ユーロ/本、同じくシャトー・アンジェリュスは9%減の230ユーロ/本などと、2018ヴィンテージよりも安くしている*2)。
ボルドーのプリムール販売は、ワインが熟成中に取引を行うことにより、シャトーは、平均1.5年の熟成期間を待たずに現金を手にすることができる。一方、ネゴシアンや小売商は、もしそのワインが数年後に価格が上がれば、高く売ることができ、差益を得ることができる。プリムールを手にする消費者も、安く購入できるというメリットがある。
このシステムがうまく機能すれば、生産者にも、購入者(ネゴシアン、小売商、消費者)にもメリットがあるはずだが、近年の問題は、シャトーからの販売価格が高騰しすぎて、消費者が離れてしまっていることである。このため、ネゴシアンや小売商は差益を得るどころか、在庫をかかえてしまっている。さらに、プリムールでの販売価格よりも、熟成後にシャトーが販売したワインの方が安い事態が生じ、プリムールで購入した消費者の信頼を裏切ることとなってしまっている。
このような問題が生じたきっかけは、作柄がとても良かった2009と2010のヴィンテージが、中国からの需要の急増により、価格が高騰したことである。その後、2011、12、13のヴィンテージの作柄評価が2008よりも良くないにもかかわらず、価格は下がりきらずに2008ヴィンテージよりも高いレベルが続いた。このため、英国でボルドーのプリムール販売を伝統的に扱ってきた小売商たちが、顧客のボルドーワイン離れを懸念して、連名で、ボルドーのシャトー、クルティエ、ネゴシアンに対し公開書簡を提出し、2008ヴィンテージの価格レベルまで価格を下げる必要があると指摘した*3)。
しかしながら、Liv-ex社のボルドーワインのレポートでシャトー蔵出し価格の推移を見ると、2013ヴィンテージを底にして2014ヴィンテージ以降、再び価格は上昇し、2008ヴィンテージの価格レベルまでは戻っていない*4)。
プリムールは、まだ仕上がらない熟成中のワインを購入するので、著名なテイスターの評価が大きく価格に影響する。ロバート・パーカー氏の評価が大きく影響していたのは周知のとおりである。2015年にパーカー氏が引退してからは、複数のテイスターのスコアが表示されるようになった。2019ヴィンテージは、プリムール・ウィークが中止となったので、このヴィンテージ評価ができるのかが問題になったが、著名なテイスターにはサンプルが送られ、少しずつ評価が公開されはじめている。
例えば、ジェームズ・サックリング氏の評価は、試飲ワインについてどれも2018ヴィンテージのスコアには至っていないが、2018ヴィンテージに匹敵するとしながら、「果実味やタンニンの活力や豪華さがやや足りない」としている*5)。
これらの評価を見ると、シャトーの蔵出し価格は思い切って安くしているように見える。冒頭の31%減を提示したシャトー・ポンテ・カネのオーナー、アルフレッド・テスロン氏は、その理由について、「現在の世界は混乱していて、テレビや新聞を開いても悪いことしか聞こえてこない。これを止めなければならない。私たちは、素晴らしいワインを造っている。このワインは、人々が乾杯し、新たな友人を築くことができるはずのものだから」と説明している*6)。
第4級のシャトー・ベイシュヴェルは、2018ヴィンテージの価格よりも12%減の52.8ユーロ/本を提示し、6月8日に、一回の売り出しのみで、予定量すべてを数時間で完売した。vitisphere誌が報じるところによると、支配人のフィリップ・ブラン氏は、「2019年の作柄はとても良いが、品質が最も価格に関係するわけではない。重要なのは、経済的に意味がある価格であり、業界関係者がそのワインを販売することができ、消費者が価格に見合った品質をワインに認めることができること。プリムールで販売された価格が、一年後には高くなっていることが重要であり、そうでない意味がない」*7)と話している。
vitisphere誌は、各シャトーが値段を下げる傾向にあることと、このブラン氏の言葉を引き合いに、「コロナウィルスの危機が、格付けシャトーを、プリムールの基本に引き戻した」としているが、同感である。
*1) vitisphere, “Pontet-Canet vend 100 % de ses primeurs en 3 heures” (2020-05-29)
*2) vitisphere, “La crise du coronavirus ramène les grands crus vers leurs fondamentaux commerciaux” (2020-06-09)
*3) Drinks Business “Wine trade pens open letter to Bordeaux” (2015-01-23)
*4)Liv-ex,” En Primeur Report: Bordeaux 2018 – A perplexing vintage” (2019-06-26)
*5) Liv-ex, “James Suckling releases Bordeaux 2019 scores” (2020-05-13)
*6) vitisphere, “Pontet-Canet vend 100 % de ses primeurs en 3 heures” (2020-05-29)
*7) vitisphere, “La crise du coronavirus ramène les grands crus vers leurs fondamentaux commerciaux” (2020-06-09)

Mari Yasuda
約20年、世界のワイン関連のニュースを追いかけてきたワインライターとして、世界のワイン産業が直面する今の問題をお届けしていきます。
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●わだえみのわいん塾でWSETの講座を持っています。
●ワインに関する文献の翻訳歴25年以上。フランス語→日本語、英語→日本語の翻訳を承ります。ご相談ください。
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